ラスベガス 2019.03.14

【コラム】ラスベガスを創った 3人の男 <2>

砂漠の無法地帯に豪華絢爛なカジノリゾートを創ったニューヨークのマフィア、ベンジャミン・シーゲル

まだ砂漠地帯だったラスベガスに、初めてのリゾート型のカジノホテルを誕生させた一人目に紹介する男が『ベンジャミン・シーゲル』です。

当時、シカゴやニューヨークで暗躍していたマフィアで、映画「バグジー」のモデルにもなった彼は、1946年に「ハリウッドの社交界をラスベガスへ」 をコンセプトに「フラミンゴ・ホテル」を華々しくオープンさせました。

「バグジー」とは彼のニックネームで「頭のイカれた」というニュアンスがあります。

若い頃から気性が荒く素行が悪かったようですが、高身長に甘いマスクで社交的な一面もありプレイボーイだったと言われています。

華々しくオープンしたフラミンゴは、カジノとホテル、ショーやプール、ショッピング、ゴルフ場、射撃場、乗馬クラブなどがそろう一大リゾートホテルでした。これは現在のラスベガスのカジノ・ホテルの原型ともなっています。

しかし、ホテルは経営不振でわずか2ヶ月で休業となり、再開後も赤字経営は続き、開店資金はあっという間に底をついてしまいます。 そして、マフィアから調達した600万ドルもの資金を使い果たしたバグジーは、その責任を追及されマフィアから狙われの身となってしまうのです。

そして、フラミンゴオープンからわずか1年後の1947年、バグジーはビバリーヒルズの邸宅で暗殺されました。

その後、バグジーの射殺事件はマフィアの抗争として新聞の一面を飾り、これをきっかけにフラミンゴの存在が全米に知れ渡ったのです。皮肉にも、彼の死によってホテルは話題となり、フラミンゴを一目見ようと多くの客で賑わい、その後ラスベガスには次々とリゾート型ホテルが建設されていくのです。

こうして、ラスベガスは一大カジノシティへのスタートを切ったのです。


因みに、「フラミンゴ」という名前は、バグジーの愛人でハリウッド女優でもあったバージニア・ヒルのニックネームからとっています。足がフラミンゴのように美しかったそうです。


前回記事⇒ ”ラスベガスを創った 3人の男<1>”

(ベティナビオフィシャルサポーター:KTG)

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