ラスベガス 2019.03.07

【コラム】ラスベガスを創った 3人の男 <1>

今の華やかなラスベガスはある3人の男たちによってこうして創られました。

今からおよそ190年ほど前、

現在のラスベガスは辺り一帯を砂漠に囲まれた何もない荒れ地でした。


1829年、スペインの探検家アントニオ・アルミホが広大な砂漠の中にオアシスを発見しました。彼はその地にスペイン語で「草原」を意味する「ラス・ベガス」という地名をつけました。当時のラスベガスの人口はたったの25人でした。

<ラスベガスの誕生>

19世紀後半、全米はゴールドラッシュに沸き、一攫千金を求めて多くの労働者たちがカリフォルニアを中心としたアメリカ西海岸へと移住を始めました。

西海岸へとつながる最後の難関にロッキー山脈が立ちはだかっていました。この険しい山を越える手前にあった町がラスベガスで、旅人たちはここで休息をとり、疲れを癒したのちにカリフォルニアへと向かいました。

当時のラスベガスといえば砂漠の宿場町といった程度で、娯楽のようなものは何もなく、旅人たちはお酒を飲みながらわずかな持ち金を賭けてカードゲームに興じるのが彼らの唯一の楽しみだったと言われています。

これがギャンブルの街 「ラスベガス」 誕生の瞬間です。


そして、ユニオン・パシフィック鉄道が開通した1905年、ラスベガスは正式な「町」となりました。

その後、一時はラスベガスのあるネバダ州でもギャンブルは非合法となりましたが、カジノを含めたすべてのギャンブルを完全に禁止することは難しく、地下に潜ったマーケットはマフィアの格好の資金源となりました。そんな中、第一次世界大戦後に経済恐慌が起き、さらには1929年の株価大暴落による世界恐慌で州の財政が苦しくなると、次第にギャンブル合法化への気運が高まっていきました。

<ギャンブルの合法化>

1931年、ネバダ州は財源の確保と州経済の発展のために総括的なギャンブルを法制化し、これを機にラスベガスは一大カジノシティへと発展することになりました。

さらに、この年ラスベガスの近郊に建設が開始されたフーバーダムはラスベガスに劇的な発展をもたらしました。


それから約90年、現在の不夜城「ラスベガス」は、その後登場する3人の男たちによって創り上げられるのです。

(ベティナビオフィシャルサポーター:KTG)

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